シスレーから考える、異業種・異文化との接点を活かした高級ブランドのマーケティング。
長い歴史を持つ化粧品ブランドには、積み重ねてきたものがあります。
品質への信頼、ブランド独自の哲学、そして何十年にもわたり商品を愛用してきたお客様との関係。
しかし、今いるお客様を大切にし続けるだけで、10年後、20年後も同じように支持されるブランドでいられるのでしょうか。
新しい世代のお客様にもブランドを知ってほしい。けれど、これまで大切にしてきた世界観は崩したくない。
この両立は、長い歴史を持つ高級化粧品ブランドほど難しい課題なのかもしれません。
今回、2026年に創業50周年を迎えたフランスの高級化粧品ブランド「シスレー」を研究するなかで、そんな疑問が浮かびました。
そこから、国内外の高級化粧品ブランドが、未来のお客様との接点をどのようにつくっているのかを調べてみました。
すると、化粧品売場やSNSの外に目を向け、スポーツやアート、文化など異なる領域で接点をつくるブランドの取り組みが見えてきました。
今回は、そのなかから5つの事例をご紹介します。
長年築いてきたブランドの世界観を、どこまで変えるべきか
新しいお客様を増やす方法として、まず考えられるのはSNSの活用です。
公式Instagramでブランドの世界観を発信したり、美容家やインフルエンサーとのタイアップによって新しい層に認知を広げたり。実際、多くの化粧品ブランドがこうした取り組みを行っています。
もちろん、有効な手段の一つです。
ただ、高級ブランドの場合には、少し異なる難しさもあるのではないでしょうか。
高級ブランドの公式Instagramを見ると、洗練された商品写真や美しい映像、アンバサダーを起用した投稿など、ブランドの世界観を大切にした発信が目立ちます。
一方、SNSで幅広い層に情報を届けようとすれば、親しみやすさや話題性、トレンドを取り入れる必要が出てくることもあります。
そこで生まれるのが、ブランドらしさとの葛藤です。
より多くの人に知ってもらいたい。しかし、誰にでも親しみやすいブランドを目指すことが、必ずしも既存のお客様にとって望ましいとは限りません。
美容家やインフルエンサーとのタイアップにも、別の課題があります。
その人が持つ信頼や発信力によって、新しいお客様にブランドの魅力を届けられる一方、特定の人物への依存や、施策の一過性も考える必要があります。
また、新しいお客様との入口として、手に取りやすい価格の商品や若年層向けのラインを展開する方法もあります。
例えばクラランスが展開してきた「My Clarins」は、若い世代の肌に向けたスキンケアラインです。
若い頃にブランドと出会い、年齢や肌悩みの変化とともに、より高価格帯の商品へ移行していく。そんな長期的な顧客育成も考えられます。
ただ、手に取りやすい商品を購入した人が、将来も同じブランドを使い続けてくれるとは限りません。
最初の商品を購入してもらうことと、ブランドそのものを好きになってもらうことは、必ずしも同じではないからです。
では、ほかにどのような方法があるのでしょうか。
未来のお客様は、化粧品売場の外にいるかもしれない
ここで少し、視点を変えてみたいと思います。
そもそも、将来そのブランドのお得意様になる可能性がある人は、普段どこで時間を過ごしているのでしょうか。
例えば、高級化粧品を購入できる経済的な余裕があり、上質なものに価値を感じる人。
その人は、必ずしも美容に強い関心があるとは限りません。
休日は美術館で作品を鑑賞しているかもしれませんし、ゴルフやテニスを楽しんでいるかもしれません。クラシック音楽のコンサートや、文化的なイベントに参加している人もいるでしょう。
今はまだ、その化粧品ブランドのことを知らない。あるいは名前は知っていても、商品を使ったことがない。
そんな人にとって、化粧品ブランドの公式SNSや百貨店の化粧品売場が、最初の接点になるとは限りません。
それならば、ブランドに興味を持ってもらうために、こちらから相手の日常に出向いていくという方法もあるのではないでしょうか。
実際に海外の高級化粧品ブランドでは、異業種や異文化とのパートナーシップを通じて、新しい接点をつくる取り組みが行われています。
高級化粧品ブランドは、どこで新しいお客様と出会っている? 5つの事例
1. シスレー × テニス|ローラン・ギャロスとのパートナーシップ
フランスの高級化粧品ブランド「シスレー」は、1976年に創業しました。
植物美容学に基づいた研究開発を特徴とし、1980年に誕生した乳液「エコロジカル コムパウンド」など、長年愛される商品を展開しています。
そんなシスレーが接点を持っているのが、テニスです。
シスレーは、世界四大大会の一つである全仏オープン「ローラン・ギャロス」とパートナーシップを結び、2023年には4年連続となる取り組みを実施しました。
大会の世界観に合わせた日焼け止めのトラベルキットも展開。テニスというスポーツと、紫外線から肌を守るスキンケアを結びつけています。
ここで興味深いのは、テニスと化粧品に自然な接点があることです。
テニスを楽しむ人にとって、屋外での紫外線対策は身近なもの。そこでシスレーの日焼け止めと出会うことは、必ずしも唐突な体験ではありません。
美容を目的としていない場であっても、その場に合った商品を通じてブランドを知ってもらえる可能性があります。
参考:シスレー公式|Sisley × Roland-Garros
2. シスレー × ゴルフ|女性ゴルファーと環境保全を結びつける活動
シスレーは、テニスだけでなくゴルフとの接点も持っています。
フランスゴルフ連盟とのパートナーシップでは、女性ゴルファーの活動と環境保全を結びつける「Women for Green」という取り組みを展開してきました。
2024年にはパートナーシップを更新し、女性ゴルファーが大会で記録した成績に応じて、環境保全活動への支援につながる仕組みを全国規模に広げました。
ここでの接点は、化粧品の販売だけではありません。
シスレーが長年大切にしてきた植物や自然に対する考え方と、ゴルフにおける環境保全というテーマが結びついています。
単にゴルフ場へ商品を持ち込むのではなく、共通する価値観を通じて関係をつくる。
商品そのものを紹介する前に、ブランドの考え方を知ってもらう方法とも捉えられそうです。
参考:フランスゴルフ連盟|シスレーとのパートナーシップ更新(2024年)
3. ラ・プレリー × アート|世界的アートフェアでの特別な美容体験
スイスの高級スキンケアブランド「ラ・プレリー」は、2017年に世界的な現代アートフェア「アート・バーゼル」とのパートナーシップを発表しました。
その取り組みの一つが、コレクターズラウンジでのブランド体験です。
ラウンジを訪れるVIP向けに、ブランドの世界観を紹介するとともに、一人ひとりに合わせたトリートメントを提供する内容が発表されました。
ここで注目したいのは、出会う相手と空間です。
アートフェアを訪れる人たちは、化粧品を購入するためにその場所へ来ているわけではありません。
芸術に関心を持ち、作品を鑑賞し、文化的な体験を楽しむために訪れています。
そうした場所で、同じく美しさや創造性を大切にするラ・プレリーの世界観に触れる。
商品説明を一方的に受けるのではなく、限られた空間のなかで実際に体験することによって、ブランドへの印象も変わるかもしれません。
また、誰にでも広く届けるSNSとは異なり、特定の関心を持つ人たちと、比較的近い距離で接点をつくれる点も特徴的です。
参考:ラ・プレリー|アート・バーゼルとの提携発表(2017年)
4. シスレー × 音楽・映画・文化|ブランド自身が文化交流の場をつくる
今回調べたなかで、特に興味深かったのがシスレーの文化活動です。
シスレーは、パリ本社で「Trois-Cinq Friedland(トロワ・サンク・フリードランド)」という文化プログラムを展開しています。
そこでは、アートの展覧会をはじめ、映画の先行上映、コンサート、文学イベント、講演会など、さまざまな文化的イベントが開催されています。
参加できるのは、事前登録したシスレーの友人や招待客です。
この取り組みが面白いのは、特定のアーティストとのコラボ商品を販売するのではなく、ブランド自身が継続的に文化との接点を持っていることです。
例えば、あるアーティストとの限定商品で話題をつくることはできるかもしれません。
しかし、商品の販売が終われば、その取り組みも一段落します。
一方、継続的に文化イベントを開催する仕組みがあれば、さまざまなアーティストや文化に関心を持つ人々と、長期的に接点を持つことができます。
特定の人物の人気に頼るのではなく、ブランド自身が文化を発信する場になる。
これは、一時的なタイアップとは異なる関係性のつくり方として注目したい事例です。
参考:シスレー公式|Trois-Cinq Friedland
5. ELEMIS × アストンマーティン|高級自動車・F1とスキンケアをつなぐ
最後に紹介するのは、イギリスのスキンケアブランド「ELEMIS(エレミス)」です。
ELEMISは2025年、アストンマーティンのF1チームとの複数年にわたるパートナーシップを発表しました。
その後、高級自動車メーカーであるアストンマーティンとも提携を拡大。自動車ブランドのイベントや主要拠点などで、プレミアムなスキンケア体験を提供する取り組みを進めています。
F1と化粧品。一見すると、少し意外な組み合わせです。
しかし、両者に共通するのは、技術革新やパフォーマンス、品質へのこだわり。
また、F1は男性中心というイメージを持たれがちですが、女性ファンも多く、若い女性の関心も高まっています。
ELEMISにとっては、既存の美容市場だけでなく、モータースポーツを楽しむ人々にブランドを知ってもらう機会とも考えられます。
ここでも、最初の接点は化粧品そのものではありません。
スポーツや高級自動車に対する関心を入口に、スキンケアブランドとの新しい出会いが生まれています。
参考:アストンマーティン公式|ELEMISとの提携発表(2025年)
異業種とのコラボレーションで、何ができるのか
今回の5つの事例から、異業種とのコラボレーションには、いくつかの可能性があると感じました。
まず一つは、化粧品にまだ興味を持っていない人とも出会えることです。
美容に関心を持っている人へ情報を届けようとすれば、SNSや美容メディア、百貨店などが主な接点になります。
しかし、ブランドと相性のよい人が、必ずしもそうした場所にいるとは限りません。
趣味や文化、スポーツなど、化粧品以外の領域へ目を向けることで、今まで出会えていなかった人との接点をつくれる可能性があります。
もう一つは、ブランドの価値観を伝えやすいことです。
シスレーなら植物と自然。ラ・プレリーなら芸術と創造性。ELEMISなら技術革新やパフォーマンス。
こうした共通点がある場所であれば、ブランドの世界観を無理に変えなくても、自然な形でその魅力を伝えられるかもしれません。
そして、少人数での体験や交流によって、一人ひとりと関係を深める機会をつくれる点にも可能性を感じます。
高級ブランドが大切にしてきた丁寧な接客や特別感は、大人数への一斉発信より、こうした場でこそ伝わりやすい部分もあるのではないでしょうか。
ただし、一度の出会いを、どう次につなげるのか
もちろん、異業種とのコラボレーションにも課題はあります。
イベントに出展したり、文化活動を支援したりするには費用がかかります。また、参加者が必ずしも商品購入につながるわけではありません。
特に考えたいのが、イベント終了後の関係性です。
例えば、アートフェアでシスレーのスキンケアを体験し、とても良い印象を持った人がいたとします。
しかし、その場を離れたあと、再びシスレーに触れる機会がなければ、時間の経過とともに記憶が薄れてしまうかもしれません。
だからこそ、イベントそのものを成功させるだけでなく、その後の顧客体験まで考える必要があるのではないでしょうか。
例えば、イベントで商品を体験した人が、希望に応じて百貨店のカウンセリングを予約できる仕組みをつくる。
あるいは、ブランドの世界観に共感した人に、次の文化イベントや限定体験会の案内を届ける。
一度の体験をきっかけに、ブランドとの接点を少しずつ増やしていく。
こうした仕組みがあってこそ、異業種とのコラボレーションが継続的な顧客関係を育てる施策になるのだと思います。
未来のお得意様は、今どこで時間を過ごしているのだろう
新しい世代に向けてSNSの発信を変えたり、人気のインフルエンサーを起用したり、手に取りやすい価格の商品を展開したり。
もちろん、それらも一つの方法です。
ただ、必ずしも今ある世界観を大きく変える必要はないのかもしれません。
ブランド自身が変わるのではなく、ブランドと出会う場所を変えてみる。
スポーツ、芸術、音楽、文化、そして日常のさまざまな場面で接点をつくり、そこから少しずつ関係を深めていく。
未来のお得意様は、今、何をして、どこで時間を過ごしているのでしょうか。
その人はまだ、自分が将来そのブランドを愛用することになるなんて、想像もしていないかもしれません。
だからこそ、今までとは少し違う場所に出向いてみること。
そんなところにも、老舗高級化粧品ブランドが未来のお客様と出会うヒントがあるように思います。

