2万円の化粧水。これだけを聞けば、おそらく多くの人が「高い」と感じるのではないでしょうか。
ドラッグストアに2万円の化粧水が並んでいたとして、「ちょっと試してみよう」と気軽に手に取れる価格ではありません。
ところが、それがラ・プレリーのような、クリームや美容液に5万円、10万円、あるいはそれ以上の商品が並ぶラグジュアリー化粧品ブランドの中に置かれると、同じ「2万円」の見え方が少し変わります。
「ラ・プレリーなのに、これなら買えるかもしれない」そんな感覚です。
なぜ、同じ2万円なのに、ブランドが変わるだけで価格の感じ方まで変わるのでしょうか。
そこには、高級化粧品ブランドの商品ラインナップを考えるうえで、とても興味深い消費者心理があります。
人は価格を「絶対額」だけでは判断していない
消費者が価格を判断するとき、単純に「2万円」という数字だけを見ているわけではありません。
その価格が何と比較されているのかによって、「高い」「安い」の判断は変わります。
マーケティングでは、こうした比較の基準を、参照価格(Reference Price)と呼びます。消費者は頭の中にある価格や、売り場で同時に見た価格を基準にして、目の前の商品価格を評価します。価格情報そのものが、消費者の支払意思額に影響する「アンカー」になることも研究されています。
たとえば、3,000円、5,000円、20,000円の化粧水が並んでいれば、2万円の商品は圧倒的に高く見えます。
しかし、20,000円、60,000円、100,000円、200,000円の商品が並ぶブランドの中で見れば、2万円は最も手前にある価格になります。
消費者の頭の中では「10万円の商品を売っているブランドを、2万円で体験できる商品」へと意味が変わっているのです。
高級ブランドにおいて重要なのは、この相対的な価格認知だと思います。
高い商品が、安い商品を売りやすくする
ラ・プレリーの商品構成を見ると、この構造が非常に分かりやすく表れています。
現在の海外公式サイトでも、ハンドクリームやローションなど比較的購入しやすい商品がある一方、スキンキャビアのクリームは約12万円を超え、エキストレや最高峰ラインでは20万円を超える商品まで存在します。
今回調べた口コミでも、「1つ1つが高価なので、予算10万円と決めて買った」「40代最後に試しておきたいブランドだった」という声がある一方、比較的購入しやすい商品については、「プレリーの中ではかなり買いやすい」という評価も見られました。
通常であれば十分に高価格である商品が、ブランド内では「買いやすい商品」になる。
これは単なる値付けではなく、商品ポートフォリオ全体で価格認知をつくっている、と考えることができます。
消費者が買っているのは「化粧水」だけではない
さらに、高級ブランドの場合、消費者が購入しているのは商品の機能だけではありません。
ラグジュアリー商品の価値についての研究では、価格や品質だけでなく、希少性、美しさ、特別さ、そして「象徴的意味」が重要な要素として挙げられています。
「憧れていたブランドを自分も使っている」という体験そのものにも価値があります。
自分が憧れていたブランドの世界に入る。10万円のクリームをライン使いすることはできなくても、2万円の商品を一つ持つことで、ブランドとの接点を持つことはできる。
ブランドへの参加権を買っている。そう考えたほうが近いのではないでしょうか。
普通なら高い。でも、このブランドなら買ってみたい
普段5,000円の化粧水を使っている人にとって、2万円は4倍です。
合理的に考えれば、かなり高い。
ところが、「いつもの化粧水の4倍」ではなく、「憧れていた10万円ブランドの商品が2万円」と認識した瞬間、比較対象そのものが変わります。
価格研究でも、消費者がどこからを「ラグジュアリー」と感じるかには大きな個人差があり、ラグジュアリーブランドはより購入しやすい価格帯の商品を広げることで、新しい顧客との接点をつくってきたことが指摘されています。
こうした「高いプレステージを維持しながら、比較的アクセス可能な価格を設ける」考え方には、Masstige(マスティージ)やaccessible luxuryという議論もあります。
ただし、ラ・プレリーのようなブランド全体を「マスティージ」と呼ぶのは少し違うでしょう。
むしろ興味深いのは、ブランドそのものは遠い場所に置いたまま、一部の商品だけに入口をつくること。
最高峰の商品価格を下げる必要はありません。
むしろ10万円、20万円という商品が存在し続けるからこそ、2万円の商品にも「同じブランドの一員である」という価値が生まれます。
入口商品の役割は「売上」だけではない
高級ブランドにおける比較的購入しやすい商品には、少なくとも3つの役割が考えられます。
一つ目は、購入可能な顧客層を広げること。
二つ目は、ブランドとの最初の接点をつくること。
そして三つ目が、憧れを体験に変えることです。
ブランドは、広告やSNSを見ているだけでは、永遠に「向こう側」にあります。
しかし、一度商品を購入すれば、そのブランドは生活の中に入ってきます。
ここで使用感、香り、パッケージ、接客などに感動すれば、「次は美容液を使ってみたい。」「いつかクリームも使ってみたい。」という関係が始まる可能性があります。
実際、ラグジュアリーブランドへのアクセス可能性は、ブランドの価値認識だけでなく、購入意向や価格プレミアムを支払う意思とも関連するという研究があります。
つまり入口商品とは、単価の低い商品ではなく、将来のブランド顧客をつくる最初のブランド体験とも考えられるのです。
高級ブランドほど「一番安い商品」が重要なのかもしれない
化粧品ブランドの商品設計を考えるとき、どうしても主力商品に目が向きます。
しかし、高級ブランドになればなるほど、実はもう一つ考えるべきなのかもしれません。
「このブランドに入りたい人は、どこから入るのか」ということです。
一番安い商品は、単なる売上の裾野ではありません。
それより上にある商品価格を背景に、「ここなら入れる」という小さな扉をつくる。
そしてその扉の向こうには、商品そのものだけではなく、ブランドの歴史、思想、香り、接客、デザイン、世界観がある。
だからこそ、普段なら「2万円の化粧品は高い」と思う人が、「このブランドなら、一度使ってみたい」と思うことがあります。
高い世界を守っているからこそ、その入口に価値が生まれる。
そこには、そのブランドがどこまで世界を広げようとしているのかという、マーケティング戦略が表れているのかもしれません。

