ドモホルンリンクルと聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。
昔からテレビCMで見かける。
熊本にある製薬会社がつくっている。
漢方や自然由来の原料を大切にしている。
研究員が丁寧につくっている。
40代、50代以降の女性が使う、高価格帯の基礎化粧品。
名前も、CMの雰囲気もよく知っている。
それなのに、「結局、何がそんなに良いのだろう」「どんな成分が入っているのだろう」「どんな肌悩みに向いているのだろう」「自分が使うには、まだ早い気がする」という人も多いのではないでしょうか。
これほど名前が知られているのに、なぜ商品の具体的な良さが見えにくいのでしょうか。
研究所、自然、原料、製造工程、働く人の姿などを丁寧に見せる、あの独特な広告は、意図してつくられたものなのでしょうか。
ドモホルンリンクルの新規顧客との出会い方について考察します。
ドモホルンリンクルの認知度は90%を超えている
再春館製薬所のブランドコミュニケーション担当者は、FICCが2023年に公開したインタビューで、ドモホルンリンクルの認知度について「全体的に90%を超えている」と説明しています。
一方で、名前を知っているだけで終わっている人が多いことや、通販ブランドで顔が見えないため、手を出すのが怖いと思われていることも課題として挙げています。
再春館製薬所は、2024年に発表した有料トライアル商品のプレスリリースでも、ドモホルンリンクルが「近くて遠いブランドと思われがち」であることを課題として挙げています。
具体的には、「名前は知っていて気になるけれど、試す機会がない」「シニア世代向けの高級スキンケアという印象がある」といった、ブランドの本質と生活者が持つイメージとの乖離や誤解があると説明しています。
「有名なのに謎が多い」という感覚は、一人の生活者だけが感じているものではありません。
ブランド側も、自分たちの課題として認識しているのです。
CMを見ても「この商品が何に良いのか」が見えにくい
一般的な化粧品広告では、「この美容成分を配合」「シワを改善する」「使った翌朝、ハリを実感」「毛穴が目立ちにくい肌へ」といった、商品の機能や使用後の変化を分かりやすく伝えることが多くあります。
一方、ドモホルンリンクルのCMや広告で強く印象に残るのは、具体的な成分名や一つの効能だけではありません。
研究所。
植物や水などの自然。
原料を確かめる人。
丁寧につくられる泡。
製造工程。
静かな音楽。
熊本の自然や土地の空気感。
そこから伝わってくるのは、
「製薬会社が本気で研究している」
「手間を惜しまずにつくっている」
「原料や製造方法に妥協していない」
「年齢肌に長く向き合っている」という、商品スペック以上に会社の姿勢です。
もちろん、ドモホルンリンクルに具体的な研究や製品機能がないわけではありません。
1974年にコラーゲンを配合した美容クリームの開発に成功し、その後も漢方の考え方とサイエンスを組み合わせながら、商品を進化させてきました。
現在は、美活肌エキスとクリーム20が医薬部外品として販売されるなど、製品ごとの機能も明確に存在しています。
それでも、広告では一つの成分や一つの商品だけを大きく切り取るより、研究の歴史や製造姿勢を伝える表現が目立ちます。
なぜなのでしょうか。
ドモホルンリンクルは、一本の商品ではなく「ワンライン」を売っている
理由の一つは、ドモホルンリンクルが、一本の商品だけで肌悩みを解決するという考え方をしていないからです。
現在のドモホルンリンクルには、次の8製品があります。
化粧落としジェル、洗顔石鹸、泡の柔肌パック、保湿液、美活肌エキス、クリーム20、保護乳液、光対策ドレスクリーム。
公式サイトでは、肌に現れるさまざまな悩みをバラバラに捉えるのではなく、肌が本来持っている、すこやかになろうとする力の低下を根本の問題として捉えています。
そのうえで、必要な役割を8製品に分け、順番に使う「ワンライン処方」を掲げています。
一般的な化粧品ブランドでは、乾燥肌向けシリーズ、美白シリーズ、毛穴ケアシリーズ、敏感肌向けシリーズ、というように、悩みや対象者に合わせて複数のラインを展開することがあります。
しかしドモホルンリンクルは、基礎化粧品を中心とする一つのラインに、長い時間をかけて磨きをかけてきました。
1992年には全7点のワンラインが完成し、その後、現在の8点へと進化しています。
つまり、同ブランドが届けたいのは、「この一本が優れている」という価値だけではありません。
複数の商品を順番に使い、肌の状態を整え、与え、守っていくという、スキンケア全体の考え方です。
一本の商品だけを切り出して成分や効果を伝えても、ドモホルンリンクルが本来伝えたい価値の一部にしかならないのです。
商品だけでなく、肌に触れる時間を「お手当て」として届ける
もう一つ重要なのが、「お手当て」という考え方です。
ドモホルンリンクルでは、単に化粧品を顔に塗ることをスキンケアとは捉えていません。
使用する量、順番、手の使い方、肌になじませる時間まで含めて「お手当て」と呼んでいます。
公式サイトでも、商品の効果を感じるためには、使用する「量」と「なじませ方」が重要であると説明しています。
決められた量を手に取る。手のひらでゆっくりとなじませる。肌の状態を確認する。毎日、自分の肌と向き合う。
ドモホルンリンクルが届けようとしているのは、化粧品の中身だけではなく、この時間や行為そのものです。
公式のブランド紹介でも、原料選びから製造、商品が顧客の手元に届くまでの流れ、効果的な「お手当て」、肌の相談に応じる顧客対応までが、一つのブランド体験として紹介されています。
この考え方から見ると、研究所や原料、製造工程を丁寧に描く広告にも意味が見えてきます。
つくる側が手間をかけている。使う側も時間をかけて肌に向き合う。その両方を一つの世界観としてつなげているのです。
ドモホルンリンクルの広告は、成分単体では説明しきれない、ライン全体とお手当ての価値を伝えようとしていると考えられます。
現在の仕組みは、ブランド誕生時から完成していたわけではない
ドモホルンリンクルが誕生したのは1974年です。
その後、1982年にダイレクトマーケティングを本格的に導入し、1983年にはテレマーケティングセンターを開設しました。
そして1992年に、ドモホルンリンクルの全7点によるワンラインが完成しています。
流れを整理すると、
1974年:ドモホルンリンクル誕生。
1980年代:電話を活用したダイレクトマーケティングを本格化。
1990年代:ワンラインが完成。
その後、お試し、個別対応、継続購入を組み合わせた現在の仕組みへ発展。
時代や事業の成長に合わせながら、現在の形へとつくられていったものです。
店舗を持たない時代に、テレビと電話で顧客とつながった
現在のように、ECサイト、SNS、口コミサイト、動画、オンラインカウンセリングなどが存在しなかった時代、通販ブランドが顧客と出会う方法は限られていました。
再春館製薬所は、テレビCMなどで広くブランドを知ってもらい、興味を持った人にはお試しセットを届け、電話を通じて肌の相談や商品の使い方を伝えてきました。
広告で認知を取り、反応した人とは一対一で関係を築く。
店舗を持たなくても顧客の声を直接聞くことができる、当時の通販環境に適した仕組みだったと考えられます。
しかも、ドモホルンリンクルは商品の販売だけでなく、使い方や継続的な肌づくりまで伝える必要があります。
そのため、店頭で商品を陳列して自由に選んでもらうよりも、電話を通じて説明し、一人ひとりに対応する方法との相性が良かったのでしょう。
現在も再春館製薬所は、注文を受けるだけでなく、肌の悩みや肌質に合わせてアドバイスを行う担当者を「お肌のかかりつけ」と位置付けています。
テレビと電話による仕組みは、単なる販売手段ではなく、商品理解を補う役割も担っていました。
無料お試しセットは、単なるサンプリングではない
ドモホルンリンクルの新規顧客との接点として有名なのが、無料お試しセットです。
無料サンプルには一般的に、購入のハードルを下げ、できるだけ多くの人に使ってもらう役割があります。
しかし、ドモホルンリンクルのお試しセットには、それだけではない役割があると考えられます。
このプロセスを通じて、生活者はドモホルンリンクルの考え方を体験します。
お試しセットは、商品を少量配るだけのものではなく、ワンラインとお手当てを理解するための入り口です。
「無料なので、とりあえず使ってください」というより、「まずは正しい方法で使い、自分の肌で確かめてください」という意味合いが強いのです。
お試しセットへの申し込みは、単なるサンプル請求ではなく、ブランドの考え方に触れる最初の体験になっているのです。
強い電話営業
ドモホルンリンクルには、過去に「お試しセットを申し込むと、電話がかかってくる」という印象が広がりました。
丁寧で、誠実なCM。その一方で、商品に興味を示した人には、電話で積極的に販売する。
一見すると、矛盾しているように見えます。
しかし、ダイレクトマーケティングの構造として見ると、広告と電話には異なる役割があります。
広告では、広い層に対して、「年齢肌を長年研究している会社」「丁寧で信頼できる会社」という印象をつくります。
お試しセットを申し込んだ人は、ブランドに関心がある。何らかの肌悩みを持っている。自ら連絡先を登録している。という状態です。
そこで一対一のコミュニケーションを行い、肌の状態、商品の使い方、使用後の感想などを確認しながら、購入や継続につなげます。
つまり、表では静かに信頼をつくり、反応した人とは個別に深く関わるという通販型の販売モデルです。
しかし、この方法が常に理想的に運用されていたわけではありません。
FICCのインタビューでは、再春館製薬所社内に、1990年代の顧客から返品された商品を展示し、過去の失敗を忘れないための場所があることも紹介されています。
担当者によると、同社はすでに長い間、顧客からの問い合わせを受けて対応するインバウンド中心のビジネスへ移行しているものの、過去の電話営業のイメージが現在も残っているといいます。
したがって、強い電話営業は、現在もブランドが理想としている新規顧客との関わり方というより、事業成長や売上を優先するなかで生まれた過去の問題と捉えた方がよいでしょう。
「近くて遠いブランド」は、すべて意図してつくられたわけではない
ドモホルンリンクルには、確かに「誰にでも気軽に開かれているわけではない」と感じさせる部分があります。
時間をかけて肌に向き合う。決められた量や順番を守る。商品の考え方を理解してから使う。一度だけ購入するのではなく、長く続ける。
これらは、時短や手軽さを求める人には合わない可能性があります。
商品をただ広く売るのではなく、考え方に納得した人と深く付き合うブランドだからこそ、ある程度の特別感や境界が生まれます。
この部分は、ブランドの構造から意図的に生まれている距離だと考えられます。
一方で、「名前は知っているけれど、何が良いのか分からない」「50代、60代にならないと使えない」「高くて入りにくい」「通販なので怖い」「電話営業をされそう」といった印象まで、ブランドが意図してつくったとは考えにくいでしょう。
再春館製薬所自身が、「近くて遠いブランドと思われがち」であることや、ブランドの本質と生活者のイメージに乖離や誤解があることを課題として公表しているからです。
つまり、ドモホルンリンクルの「遠さ」には、二つの種類があります。
一つは、ラインやお手当ての価値に納得した人と長く付き合うための、ブランドとして必要な特別感です。
もう一つは、商品価値が十分に伝わらず、実際に商品へ触れる接点も少なかったことで、意図せず生まれた距離です。
認知を取ることに成功した一方、商品理解との間に距離が生まれた
テレビCMと通販による仕組みは、ドモホルンリンクルの認知度を高めるうえで、大きな成果を上げたと考えられます。
何十年にもわたって、一貫した印象を伝え続けてきました。
その結果、ドモホルンリンクルは、実際に使ったことがない人にも広く知られるブランドになりました。
若いときには、「まだ自分が使うものではない」と思っていても、年齢による肌の変化を感じたときには、「年齢肌といえばドモホルンリンクル」「昔から研究している会社なら、一度試してみよう」と思い出される可能性があります。
これは、今すぐ購入してもらうだけではなく、将来の第一想起を取るという点では非常に強い広告です。
一方で、会社の姿勢や世界観を伝えることに成功したからといって、商品内容まで理解されるとは限りません。
「丁寧につくっていることは分かる」「信頼できそうなことは分かる」「でも、結局何が良いのかは分からない」という状態が生まれます。
長期間にわたり認知を積み上げた結果、ブランド名と雰囲気は広く知られました。
しかし、広告から購入までの間に電話やお試しセットによる説明があることを前提としていたため、広告単体では商品の具体的な価値が十分に伝わらなかった面もあるのではないでしょうか。
再春館製薬所自身も、広告とブランドのバランスを課題としていた
「有名なのに中身が見えにくい」という状態は、すべてが計画どおりに進んだ結果ではありません。
再春館製薬所の担当者はFICCのインタビューで、見込み客から問い合わせなどの反応を得る「レスポンス」と、ブランドの価値を伝える「ブランディング」のバランスが崩れた時期があったと振り返っています。
目立つことを重視したコミュニケーションが中心となり、その影響が徐々に積み重なった結果、何をしても広告効率が悪化していったと説明しています。
認知度を高める。お試しセットへの申し込みを増やす。購入へつなげる。これらを優先するなかで、「ドモホルンリンクルは何を大切にしているのか」「なぜこの8製品なのか」「なぜお手当てが必要なのか」「どのような人に、どのような価値を届けたいのか」というブランドの本質が、生活者に十分伝わらなくなっていた可能性があります。
現在は「生活の中で自然に出会う」接点を増やしている
この距離を縮めるため、再春館製薬所は、テレビCMと無料お試しセットだけに頼らない新しい接点を増やしています。
2024年には、ドモホルンリンクル初の有料トライアル商品を発売しました。
全国の直営店舗に加え、髙島屋グループのショールーミングストア「Meetz STORE」で取り扱いを開始し、同ブランド初の外部販路にも展開しました。
プレスリリースでは、この取り組みを「生活導線上で出合うドモホルンリンクル」という新しい接点として説明しています。
従来の無料お試しセットでは、CMを見る。自ら申し込む。届くのを待つ。という流れが必要でした。
有料トライアル商品を外部店舗に置くことで、買い物中に偶然見つける。その場で商品に触れる。自分の意思で購入して持ち帰る。という、新しい出会い方が可能になります。
2025年には仙台三越にも常設店舗を出店し、ブランド未体験者が接点を持ちやすいリアル施策を強化しています。
これは単なる販路拡大ではありません。
「名前は知っているけれど、申し込むほどではない」という人に対して、電話や無料サンプル請求を経由せず、日常の買い物の中で自然に商品へ触れてもらうための施策です。
ドモホルンリンクルは現在、長く守ってきたワンラインやお手当ての考え方を変えるのではなく、そこへ入るまでの方法を変えようとしているのだと思います。
ドモホルンリンクルから学べる、新規顧客との出会い方
ドモホルンリンクルの新規顧客との出会い方には、ブランドづくりにおける重要な示唆があります。
一つ目は、商品単体ではなく、ブランドが届けたい体験全体から広告を設計していることです。
ドモホルンリンクルが売っているのは、クリーム一本だけではありません。
ワンラインによる肌づくりと、毎日自分の肌に触れる「お手当て」の時間です。
そのため、広告でも単一成分だけを強調するのではなく、研究、原料、製造工程、人の姿を通して、ブランドを信頼する理由を伝えています。
二つ目は、その時代に合った販売方法が、長期的にはブランドイメージをつくるということです。
テレビと電話による販売は、店舗を持たない通販ブランドにとって有効な仕組みでした。
しかし、その仕組みを長く続けたことで、「電話がかかってきそう」「通販なので怖い」「自分から申し込まなければ触れられない」という印象も残りました。
販売方法は、商品を届けるための手段であると同時に、生活者がブランドをどう感じるかを決める要素でもあります。
三つ目は、一貫性だけでは、ブランドの価値が伝わるとは限らないということです。
何十年も世界観を変えないことは、強いブランド資産になります。一方で、同じ表現を続けていても、生活者が商品を理解できていなければ、「昔から知っているけれど、よく分からないブランド」になってしまいます。
ブランドらしさを守ることと、現在の生活者に分かる言葉で価値を伝えること。
この二つは、別々に考える必要があります。
まとめ
ドモホルンリンクルは、最初から「謎が多く、簡単には入れないブランド」を緻密に設計したわけではないと考えられます。
1974年に商品が誕生し、1980年代にダイレクトマーケティングを本格化し、1990年代にワンラインが完成しました。
その時代に適した通販と電話による仕組みを少しずつ発展させた結果、現在のブランドモデルができあがっています。
一本の商品ではなく、ワンラインとお手当ての価値を届ける。
そのために、成分や即効性だけではなく、研究、原料、製造工程、会社の姿勢を広告で伝える。
興味を持った人には、お試しセットと一対一のコミュニケーションによって、詳しく価値を説明する。
購入後は、商品を売って終わるのではなく、長期的に顧客を支える。
この仕組みは、高い認知度と長い顧客関係を生みました。
一方で、商品に触れる場所が少なく、広告だけでは具体的な価値が見えにくかったことから、
「名前は知っているけれど、何が良いか分からない」
「自分にはまだ早い」
「気になるけれど、わざわざ申し込むほどではない」
という、意図しない距離も生みました。
つまり、ドモホルンリンクルの「近くて遠い」という印象には、
ブランドの専門性や特別感を守るために必要な距離と、
商品価値や接点が不足したことで生まれた、解消すべき距離の両方があります。
現在、同社がリアル店舗や有料トライアル商品などの接点を増やしているのは、これまで積み上げてきた価値を守りながら、新しい顧客が入りやすい入り口をつくり直すためです。
ドモホルンリンクルは、商品やブランドを大きく変えるのではなく、「どのように出会ってもらうか」を、時代に合わせて再設計しているのではないでしょうか。

